2021年12月20日月曜日

【備忘録】ここ数年の京都大学を思い出す #KUAC2021

この記事は、Kyoto University Advent Calendar 2021の20日目の記事です。

リンク


こんばんは。卒業を控え4年を怠惰に過ごしたことに焦燥感のあるもめんです。これを読んでる人で、暇だなあという人はご飯なり遊びなり行きましょう、特に法学部の人にはどんな4年間を過ごしたのか教えてほしいです。

はじめに
試験をおなさけでパスしたけれども、何もわかっていないのだ、という劣等感のかたまりのようになって、おどおどしている自分を呪いながら4年間を振り返ってみると、入学時にはタテカンなどが立ち並んでいたことを思い出しました。その時代から今までを、中にいた人として少しだけかこうと思いました。

2015年より前
私がのんびり中学生活を送っていた頃です。その頃の京都大学のことなど知るよしもありませんが、今に続く国際高等教育院が誕生したのもこの頃です。どんな様子だったのか参考になりそうな記事のリンクを貼っておきます。

2008年 折田先生像についての公式見解

2012年 国際高等教育院設立について当時のブログなど

京都アカデメイア

京都大学新聞

人環教員有志

その他意見

こないだまで折田先生像の記事は公式サイトのものが残っていたように思うのですが、いつの間にかアーカイブしか残っておらず。

2015年
あまり写真を残していませんが、高二の頃オープンキャンパスに行ったみたいです。

当時、正門前はどことなくお祭りのようで吉田寮の方々が怪しげなかき氷を50円で販売しておりました。東一条通はおろか、時計台の前にもデカデカと巨大なタテカンがありそれを避けて時計台を写真に収めた記憶があります。タテカンがいっぱいあった記憶しかありません。電電の講座でオシロスコープに触らせてもらいました。

2017年
浪人中にもかかわらず友人とオープンキャンパスに訪れました。この頃もタテカンは健在でした。百万遍に「タテカン撲滅。」と書いた強烈にデカいタテカンがあったのを覚えています。

2018年
受験時、寮生が近づいてきて「諦めるな!」と絡んできたのを思い出します。彼は生きた猫を右腕に巻いていました。縛り付けていたのでしょうか。猫アレルギーの人もいるので気をつけた方がいいなと思いつつ、寮生はこういうのなんだなあと思いました。センター試験の日には受験生を煽る雪だるまが、本試験時はやはり煽るタテカンが百万遍から東大路通、さらにまわって東一条通までずらりと並んでおりました。折田先生像もあった気がします。百万遍にコタツを出した人がいたのはこの時です。何を考えてたのかは分かりかねますが。


入学直後はまだタテカンが大量にありました。残念ながら写真は撮っていませんが、代わりに桂流しのバスを載せておきます。5月頃になると急にタテカンが少なくなった気がしました。(今調べると京都大学立看板規定が5/1から適用されたようです)

しばらくの間は東一条通と百万遍で新しいタテカンが出ていました。寝看板などはTwitterでよく話題になりました。ですがこれもすぐ当局職員により撤去され、やがて学外のタテカンは百万遍で設置と撤去のイタチごっこの様相になりました。(なお、吉田寮や熊野寮にはタテカンがありますし、学内の指定場所では一定期間タテカンを出すことが現在でも可能です)

撤去されたタテカンは通称「タテカンの墓場」へと運び込まれました。撤去されることを込みで製作されるタテカンをTwitterで眺めるのは面白くもあったものの、お互いムダな労力なのでは無いかと思った覚えもあります。(なお、タテカンに関する個人的な意見は、①京都市の景観規定に違反しているとは思えない②タテカンはサークルなどを宣伝するいい手段である③ただし石垣に立てかけるなとの当局の意見自体は納得できるものである、以上です)

入学時健康診断では、ビラロードと呼ばれるビラ巻きの道で両手いっぱいにサークル勧誘のビラをもらいました。それと同時に新入生は新歓でタダ飯を食ういい機会でもありました。私は体調を崩しており、飯が食べられない状態だったので1つのサークルを除いて新歓には出ませんでしたが、お花見など様々なイベントがありました。新入生が友人を作り新しい活路を開いたり、堕落したりするのを肌で感じておりました。

昼間には総人広場で拡声器を持った人が何やら意見表明をしているのは日常茶飯事でございました。そういえば熊野寮祭については参加していなかったものの何かやっとるなと思ったのを思い出します。

NFの時期について思い出します。私がまともに参加したNFはこの1度きりです。例によって写真がありませんが、どうも別のパソコンにやった気がします。

キャンプファイアが燃え上がり、オーイシマサヨシやSiMのステージが盛り上がっておりました。酒類の提供が問題となっていた時期であり、一応何らかの規制がされていたように思います。最終日であったか、明け方にグラウンドに酒で潰れた抜け殻があったのは壮観でした。なお、この頃は北部構内にて北部祭というものがあり、さらに無法地帯であったという噂が轟いておりました。

クラスでの食品屋台が時計台前に連なり、吉田南のグラウンドにはサークルの食品屋台とステージが並んでおりました。文化部が教室を使って何らかの展示をしていましたが、これは他大学より規模が大きくさすがに京大だなと思ったのを覚えています。記憶に残る展示は、駅寝同好会の駅寝展示など無数です。タテカン実演は迫力がありました。

2019年
入試日にはオルガ先生像が立ち、NF期間中にはお祭り騒ぎが起こっておりました。まだタテカンなどは細々と百万遍に立つ時があったように思います。

この年のトピックとしてはオルガ先生像だと思います。入試日に折田先生像とオルガ像が悪魔合体したオルガ先生像が出現したのですが、9月くらいにそれに関わった人が処分されるのかどうなのかみたいな問題があった気がします。

また、吉田寮に対して訴訟が起こされたのもこの年だった気がします。もうオープンキャンパスの頃にはもどらないだろうなとは思いました。

なお、西部構内には共用室というものがあり、ここで徹夜でボードゲームをしたりしたことがあります。

2020年
皆さんお馴染みの新型コロナウィルスの影響で何もできない、登校すらしなくてよい時期が続きました。私は大学から60km以上離れた土地に住んでいるので、大学には数回しか行っておりません。

新歓、サークル、NFなどあらかたの文化なるものはこの年に消えるだろうなと年の終わりに感じました。サークル活動は秋頃再開されたものの厳しい活動制限があり、規定を無視しない限り実質的にインカレは壊滅状態でした。

また、この年にはCAP制が新入生に導入されたのも話題になったような気がする。CAP上限を超えるととんでもなくしんどいという実感があるので、実際そこまで影響の大きい人はいないのかもしれないがバケモンみたいな人を見ることはできなくなった。

オンライン授業と相まって色々しんどい年だったように思う。なお、お互い慣れないオンライン授業とはいえ当局の2転3転もあって諸々の不具合があったことは事実だったように思う。

2021年
前期は大体オンライン授業が継続し、2020年とあまり変わるところはなかったように思う。後期からは対面授業が始まったが、これからの学生文化がどうなるかは分からない。

2020年に熊野寮祭で時計台に登った人が処分されたり、弾圧が強まったという声もあった。今後西部構内についてもいろいろ起こるんじゃないかなとは思っているが、ある程度の部分までは時代の流れに沿ってるだけなんじゃないかなとも思う。

もし全部読んでくださった人がいればお疲れ様でした。駄文失礼いたしました。

0 件のコメント:

コメントを投稿